【潔癖と約束】HORAMA-LINE.incが放つアパレルプロジェクト始動!!

HORAMA-LINE.inc立ち上げ以降、ようやくTシャツの新作が完成しました。

 

ここ数ヶ月はブログもYouTubeも止めた状態で制作に勤しんでいました。そのうちの一つが今回のプロダクトになります。

 

 

 

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https://horamaline.official.ec/

 


昨年からTシャツの制作を行ってきました。これまで3種類のデザインを販売してきました。グラフィックデザイナー、コラージュアーティストとしての能力を遺憾なく発揮する事を目的として行ってきました。

 

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そして今回のTシャツは、そういった流れとは一線を画するデザインとなりました。

 

 

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フロントは無地のホワイト。バックは腰の部分にHORAMA-LINEのロゴとVelvetic vistav Relation-shipがあしらわれています。

 


このデザインに行き着いた事で、これまでの人生で受けたある社会問題(と言うと大袈裟かもしれませんが)に向き合うことになりました

 


このブログの前身やYoutubeで何度も書いて伝えてはおりますが、私は大学を卒業してグラフィックデザイナーを名乗り、一度その道を諦めた時期がありました。2018年11月にまたここに戻ってくるわけです。

 


その間、とあるレストランで料理人になる道を進んでいました。まともな社会人経験のない私は、それまでの時間を取り戻すように、料理人としての技術よりも、一般社会常識を会得することに時間を費やしてきました。

 

 

 

当時ファッションについてどう捉えていたかというと、「絶対にバンドTシャツを着る」でした。

 


流行を追いかけ的確に押さえるのではなく、マンガのキャラのように「こいつはいつもこの格好」と印象付けるものでありたいと思っていました

 


思えば着るバンドは変われど、高校時代からこの考えは続いていました。

 


しかし料理人になる道を進んでいる中で、一般社会常識を携えて生きるには大きな壁が立ちはだかります。

 


社会人として良識のある身なり」「清潔感のある服装」を求められることでした。

 


当然、奇抜なデザインを施した派手なプリントはNGです。

 


それまでは意識したわけではなかったのですが、黒一色の格好をしていました。TシャツはバンドTシャツでデザインは尖ったもの。

 


服装はその人自身を映し出す鏡だとして、やはりファッションは文化を色濃く投影されたものなのかもしれません。

 


黒一色の格好をしていても、信じているものをただ一点に絞って表現する姿は私個人の趣向を表すとともに意志を表明するものでした。

 


昔から「季節ごとに服を揃えろ」だの「夏らしい格好をしろ」だの「もっと色々なものに目を向けろ」だの言われてきました。けれども流行や風潮に迎合する時間もお金も惜しかったし、何よりも私は欲しいと思ったものはすぐに買ってしまう性格でした。これは家族にも知人にもあまり知られていません。

 


「欲しい」と思ったら既に買っている。買っていないのは「今着ているもの以上のものが目の前にないだけ」でした。目新しさやワクワク感を煽るそんな出会いではなかった。

 


マンガのキャラクターのように「この人はいつもこの格好をしている」そう印象付けたい私にとってTPOで服装を選ぶなんて事はしませんでした。「常に最高の状態で外に出る」。伝えたいメッセージは明確でした。

 

 

 

少々脱線しましたが、私は昔からこういった考えを持っていました。そんな中でTPOで服装を考えなければならない状況に陥りました。

 


派手なプリントのTシャツは好まれず、白や白っぽい服を選ぶようになりました。それがずっと嫌だったわけではなくて、やってみると意外と良かったりはしました。

 


ただ、いいか悪いかの判断基準は自分にはありませんでした。最終的にそれをジャッジするのは相対した時の「相手」にありました。

 


問題はその服装に対して明確にいいか悪いかのジャッジを下すものではない事です。

 


相手に合わせて、相手に違和感や不快な思いをさせない、主張のないまとまった格好である事。それは「当たり障りのない姿」であり、一般常識という紳士協定からはみ出さないためのものでした。

 


それ自体が悪いわけではないけれど、事実、少しその服選びを面白いと思ってはいたけれど、それは私がかつてファッションについて考えていた「常に最高の状態で外に出る」には足りないものでした。

 


「もっといいものがある」と分かっているにも関わらず、そちらの選択は取れなくなっていました。

 


【自分がしたい格好A】と【他者に好まれやすい格好B】があったとして、Bを選択した瞬間からAにはもう戻れない状態になっていた。

 


知見は広がって、自分の世界だけで繭にこもっているだけではない選択肢を得たとしたら、それは個人の成長で大人になるという事なのでしょう。

 


しかし、Bを選択した事でAを手放す事になってしまい、私の中で大事なものがなくなった気がしました。長い時間と想いを持ったものを手放す。そしたら自分には何も残っていない空っぽの感覚。

 


自分が本当に好きなものを手放して、たとえ不得意でも期待して引っ張ってくれる人がいるならと進んできたけれど、その先に自分が本当に欲しいと思っているものはない。欲しいと思っているものが何か明白なのに、これからの自分の人生の時間を費やしても手に入らないと気づいた。

 


2018年11月に前職を退くことなった私は、これまで紆余曲折を経て好き勝手に生きている。自分が好きな服を着ていたし、自分でTシャツをデザインするようになってからは「自分のTシャツしか着ない」を心情にしてきた。

 

 

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好きなバンドのTシャツは着なくなったけれど、それでもアルバムがリリースされれば聴きまくるし、ツアーがあれば足を運んだ。

 


去年行った2つのライブで、この選択は間違っていなかったと痛感した。

 


11月に9mm Parabellum Bullet、12月にTHE BACK HORNのライブだ。どちらもずっと聴き続けてきたし、Tシャツはずっと着ていた。なんとか普段着として着続けようとシンプルで尖っていないデザインのTシャツをヤフオクやメルカリで探しまくって買い漁っていた。

 


しかし世間一般では彼らは誰もが知る超有名バンドではない。ミスチルやサザンやB'zなどとは程遠い。しかし好きなものは好きなのだ。カラオケでこれをチョイスすると、後で怒られるわけだ。「みんなが知ってるものを歌え」と。そこでチョイスしなければならないのは70年代90年代の各年の代表曲だったりする。相手に合わせる事を要求され、「最近の曲は全然良くない」「よくわからん」と言われる。

 


私もそうなのだが、AKBから始まったアイドルの大量生産にはついていききらないところがある。tictokも勢いはすごいが静観している。

 


要はジェネレーションギャップなだけなのだ。みんな自分が多感な時期に吸収したものが最高だと思っている。10代20代の一番体も心も元気で無敵だった時に側にあったものを愛している。

 


それが日本のように極端に上下関係が強く、上司の采配が全てのような世界観では若く新しい才能は立場が弱い。

 


若い事は何よりも重要であるにも関わらず、「若輩」といって卑下されて価値を認めてもらえない。

 


去年行った2つのライブ。隠さずに言えば、ちょうどこの2バンドはボーカルが不調だった。THE BACK HORN山田将司氏は喉の不調を訴えてツアーを数本延期したのちのライブだった。その後ポリープの手術に至る。

 

 


20191216 THE BACK HORNのカルペ・ディエム@福岡ドラムロゴスに行って来ました

 


9mm Parabellum Bullet菅原拓郎氏は、当日のライブの中盤から明らかに声が出なくなった。あいだにインターバルを挟みながらなんとかライブをやり切った。

 

 


20191117 9mm Parabellum Bullet FEEL THE DEEP BLUE TOUR 2019 @Zepp Fukuoka 感想レビュー

 


どちらも全力を出せたライブだったかと言えば、決してそうではなかっただろう。けれど、そこに居合わせた自分や他のオーディエンスに「残念」に思う気持ちはなかった。

 


そのときに強く思った。好きなもの、これだと感じたものに本気で挑んだ。それに集まったのがファンだ。双方は互いに生かし合っている。

 


自分が周りの意向に沿って無難な格好になっていくことで、彼らは生きる術を失ってしまう。

 


好きなものを好きと言えないことで、失われていくものがある。

 


ゴスロリファッションだってなんだってそうだ。あんな服は片手間では作れない。本腰を入れて集中してではないと作れない。そんな職人がいたとして、それを愛するファンがいる。作る事をやめられない人がいて、それを着る事に喜びを感じる人がいる。

 

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双方が生かし合っている関係性に割って入り、やれ常識だなんだと縛る権利は誰にあるのだろう。

 


そうやって相手のファッションを貶すことで、それを生業にしている人の食い扶持を奪い、想いを踏みにじる

 


そうして文化は育たず衰退していく。

 


時代が進めば既存のものは進化と淘汰が進む。その一方で新しいものは次々に生まれてくる。テクノロジーは利便性を著しく向上させ、新しい価値観は多様性を表出させる。

 


そこに蓋をして、いつまでも何十年も変わらない姿でいることが是であるという狭い常識を押し付けているあいだに、世界はものすごいスピードで変化していく。

 


日本はこれから落ちぶれていく。このまま常識と伝統を重んじるだけの価値観ではそれは避けられない。

 


今回、無地のホワイトTシャツを制作する事でこの問題と向き合おうと思い至りました。

 


フリフリのついたパステルカラーのロリファッションは若いうちでも一般の視線は冷たいものがあります。そこは本人の「好き」と「こうありたい」が勝りますが、20代も後半に差しかかる頃には「いい大人なんだから」と苦言を呈してくる、いわゆる常識人がちらほら現れてきます。

 


その頃の年齢になれば、仕事の上では何かしらの責任ある役割を持っていてもおかしくはありません。仕事とプライベートを完全に分けて生活していくには、この国では少々どころではなく、かなり難しくなってきます。

 


仕事にかける時間は増えていき、プライベートに使える時間は減っていく。仕事に向かうときの格好は常識的な服装を求められます。

 


周りに合わせて個性を殺し、引き返すことが許されずに大切なものを失って生きていく。それが大人になる事であると一方では言われるかもしれない。しかし、世界は大きく変化し、日本も同じく変わらなければならないと感じています。

 


コロナの脅威で経済が大打撃を受けようが、緊急事態前言が敷かれようが、喉元過ぎればまた同じやり方で毎日を過ごして同じ脅威に同じ苦しみを強いられる。「みんなそうなのだから仕方がない」この同調圧力こそ脱却すべき一番の問題で、ウイルスなど足元にも及ばない。

 


少しずつ少しずつ認識をずらして行こう。

 


いきなり全てを変える事はできない。ずっと私と同じ違和感に苦しんでいる人がいる。それは間違いない。

 


その人に届けばいい。

 


かつての自分のように、一見無難なデザインであっても自分が信じるものを宿していたならと。

 


このTシャツのテーマは「潔癖と約束」です。

 


表向きは真っ白なTシャツでありながら、裏にはその想いをしっかり刻んでいる。

 


「新しい」か「あったらしい」の2つがあったとして、人が集まるのは後者です。長い下積みを経験した話しはみんな大好きなんです。方や、いきなり現れたものを人は敬遠しがちです。

 


STANDING BACK / LAID BACK OCEANhj

 


真っ白なTシャツを着ているという社交性と服従の裏で、確実に「そこにあった」という既成事実を作り出す。これは、これまで書いたように真っ黒に塗りつぶせそうなぐらいの文量を反転させたゲリラ的な反骨を宿しています。

 


正しく「潔癖と約束」となります。

 


【SOCIAL CAMOUFLAGE】

もうひとつ、社会に擬態するという「カモフラージュ」の要素も含んでいます。カモフラージュ、カモフラ柄というのは、軍人さんが着ているアレです。

 

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戦場などで敵に見つからないように、周辺の景色と一体化する。これを「社会に擬態する」と考えを応用しようと考えた結果、「白い潔白なもの」が好まれる。

 

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「TPO」や「相手に合わせる」という考えで服装を選ぶのではなく、自分の信念は曲げずに「社会に擬態する」。社会に溶け込むには潔癖の「白」が望ましく、いつか来るその日まで、「あったらしい」を貫いて欲しい。合流地点は必ず作り出す。

 


HORAMA-LINE

Velvetic vistav Relation-ship

 

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今回の撮影は雨の交差点で「赤信号を渡る」というものになっています。傘は折れています。誰も行かない道を行く。着用写真としては物足りなさを感じるかもしれません。しかし、表向き白の無地Tシャツだと着たときのイメージを持つことは容易だと考えました。

 

むしろ伝えるべきは「白の無地のTシャツを着る意味」を伝えるべきだと考えたので、こうした形になりました。

 

 

グラフィックデザイナーとして、その能力を遺憾なく発揮した派手なプリントを施したTシャツを作ってきましたが、それは単純に「着たい」と思わせるようなものであると同時に「それいいね」「ヤバイね」と隣の誰かに派生していく事を期待していた部分がありました。

 


それはあまりにも軽薄で卑しいものだと猛省しています。

 


まずはあなたに届けばいい。

 


HORAMA-LINE.incがこれから先、確実に大きくなっていく事を誓い、このTシャツと共に「約束」します。

 


それまであなたも信じたものに純粋であり、自分に「潔癖」であって下さい。

 

 

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https://horamaline.official.ec/

 

 

 

変わり続ける事で得られる「変わらぬ信頼」

数ヶ月前にアップしたYoutube動画です。テーマとして凄く面白いのですが、このブログをアップするまで再生数が「1」だったので面白いかどうかの議論以前の問題なのでこうして記事化と動画のリニューアルを行います。

 


20191120 変わり続けて得られる「変わらぬおいしさ」

 

 

 

こちらが新しく撮り直して内容を充実させたものになります。こうした大切な内容をYoutubeとブログで同時に発信していき、より深く伝わるコンテンツにしていきます。

 


変わり続ける事で得られる「変わらぬ信頼」

 

 

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変わらないおいしさ

 


そんな言葉があります。

 


これは老舗の飲食店などで耳にする言葉です。

 

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おいしいお店は日々試行錯誤を繰り返しています

 


試行錯誤を繰り返すという事は、常に変化しているという事です。

 


昔から全く変わらない製法で、全く変わらない味を出し続けるのは不可能です。常に変化する世界の中で生き残っていくには、共に変化を繰り返す必要があります。

 


昔から変わらない味を提供し続けるのは不可能です。飲食店で例えても、たとえそのお店が同じ味を出し続けるために同じ材料を使いたいとします。

 


しかし、その材料がどうしても手に入らない状況になったり、製造が出来なくなってしまう可能性は往々にしてあります。

 

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昔から全く同じ味を出し続けるのは、外的要因との兼ね合いで、どうしてもコントロール出来なくなってきます。

 


「おいしい」と思い続けてもらうために、リピーターになってもらうために、絶えず変化を続けていく。

 

食品ではよくあります。

 

「おいしくなってリニューアル」

 

「さらにおいしくなりました」

 

「果汁感アップ!」

 

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ベストセラーとして長年親しまれているものは往々にして、味もパッケージも繰り返し繰り返し変化させ続けています。

 


変わり続ける事で、唯一変わらない「おいしさ」を提供出来るわけです。

 


これは全ての仕事に当てはまります。

 

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社会は刻一刻と変化していきます。その中でひたすら同じ事をやり続けていくのは非常に困難です。職人として熟練された技能を構築して次の世代にバトンを渡す。

 


世の中が変化していくたびに、私たちの生活は便利になり、これまでルーティンで行ってきた家事や単純作業はことごとく機械化されていきます。

 


これまでは真面目に正確に職務を遂行する人が重宝されてきました。

 


それまでの社会では、機械に出来る事に限界があったからです。機械は与えられた役割を半永久的にこなす力があります。これは人間には不可能な事です。生き物には疲労があり、どんなに正確な仕事を売りにしている人でも、疲労すれば集中力がなくなってしまいます

 


「決められた事をひたすらやる」

 

これは勤勉さから来る作業への一点集中という一つの作用に過ぎません。

 


しかし「決められた事をひたすらやる」という行為がイコール「勤勉さ」とはなりません。

 

一つのことにコツコツ取り組む姿勢は「真面目」と捉えられるでしょう。しかし真面目であることが果たして、大きく社会を変革させるイノベーションを起こせるでしょうか。

 

 


答えはノーです。

 

 


スマートフォンの爆発的な普及で、人々はパソコン以上のスペックの機器をポケットに入れて持ち歩くようになりました。SNSでは日常の気づきや想いを発信できるようになり、常に世界とつながり、新しい情報に即座にアクセス出来るようになっています。

 


常に新しい情報を受け取って、すぐにアウトプットしていかなければ世界の流れについていけない。

 


情報はテレビ・新聞・ラジオという一部のメディアが発信する時代では、受け取る情報が少なかったので、目の前のコミュニティに属する事が生きる上で必須のスキルでした。

 


以前のそうした人間関係や生活環境の中においては真面目で勤勉な性格や仕事は重宝されてきました。

 


コミュニティの輪を乱さず、決められた事を正確にコツコツとやり続ける。この作業は「現状維持」という価値しか生み出しません。しかもこれは機械が24時間365日フルで生産性を落とす事なくやり遂げてくれます

 


与えられた仕事をコツコツやり続ける事と、自分で見つけた道をコツコツ進んでいくのとでは、大きく意味が異なります。

 


前者は受け身で仕事に取り組み、他人の評価軸で全てが決定されます。後者は自分と他者の両方の評価軸の中で仕事をしていきます。そして全ての責任が自分にのしかかります。この意識の差はとても大きいです。

 


長い年月を経た後で、この差は決定的な大きさになります。

 

 

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そして酷な事ですが、その長い年月というのは既に来てしまっています。

 


昨今のコロナショックにより、リモートワークなどの自宅勤務に切り替えて対応する企業が多くなっています。

 


そんな中で問われ始めているのは、勤務時間ではなく「明確な成果」が出せているかどうかです。

 


日本では長く、長時間労働が会社への忠誠心を示す、または当然であるかのような美徳とされてきました。その中で一部の企業が従業員を使い潰すいわゆるブラックな労働環境に置く問題も発生してきました。

 


特に飲食業界のチェーン店化と営業時間の長時間化が原因でした。毎日の営業を身を粉にしながらこなしていく。人間的なまともな判断が出来るメンタルを保つこともできない状態でひたすら働き続ける。

 


現状維持に必死になる中で、業績を上げるようなアイデアや行動ができるでしょうか。

 


これまでは非効率でも人がやらなければならない仕事は山ほどありました。しかしこれからは違います。そうした単純作業は機械が代替えする時代が来ました。

 

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今はどこも設備投資やマインドブロックが強くて足踏みしている人や企業ばかりでしょう。

 


その中でいち早く抜きんでた人から先に自由を手にしていきます。

 

毎日のルーティンになっている仕事はこなさなければならないでしょう。家事などはそうです。料理をしたり洗濯をしたり掃除をしたり。

 

しかしこれらは他の目的のために行ってきたものです。

 

料理をするのはしっかり栄養を摂るためであり、洗濯と掃除は清潔な身なりや住空間を維持するために行っていました。洗濯物を干してたたむなんて行為は、洗濯乾燥機が誕生した今では、今後急速に日常のルーティンからなくなっていくでしょう。

 

 

 

 

何を目的に生きていくのか、そこに辿り着くために人生を逆算して日々を生きていく。何をやるべきかが見えてくると同時に、何をしてはいけないかが見えてきます。

 

前回のブログ記事「本業2.0」に行き着きます。

 

horama-line.hatenablog.com

 

全ての家事は無価値になるのか。

 

そうはなりません。

 

最近では家事代行サービスが見直され、重宝され始める傾向にあります。これまでの家族制度では父が仕事で稼ぎ、母が家を守る。そんな体系でした。それがほとんどの家庭で共働きになり、女性が働き、主夫という存在が現れます。そうした変化・逆転現象が起こる中で、明確な役割分担と強制は薄れていきます。

 

家事は生活のうえで必要な仕事でしたが、それ自体がお金を生んでいないという欠点がありました。そのため、家族の収入のために主婦は家事をしながらパートに出かけ、重労働にあえぎ消耗していきました。

 

そうした中で家事代行サービスのニーズが高まってきました。出来ない人は無理にやる必要はない。そして出来る人はその長所を生かして家事代行サービスの中で対価を得られるようになりました

 

手を出さない事は無価値になるのではなく、誰かの仕事を作る事になります。

 

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「出来ない事はやらない、出来る事は全部やる」

 

 

これからの時代に絶対的に必要なスキルです。

 

自分は何者になるべきかを見据えて、自分の時間をいかに使っていくのか。まずは「何をやらないべきか」これを明確にする事が、これからの人生をよりよいものにする一歩・一助になると思います。

 

では。

 

 


変わり続ける事で得られる「変わらぬ信頼」

 

 

 

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horama-line.hatenablog.com

 

【本業2.0】ボクらはいかにして生きていくべきか【未来志向型の軸】

本ブログはYoutubeと連動して行っていきます。Youtubeで話した内容を文章でも残ておこうというものです。Youtubeは見ない、「そうではなくて城台を見たくない」などがあると思います。

 

なので、そういった方にも伝わるようにと、こういった形で一つの物事を反芻していってより強固なコンテンツにしていきたいと思っております。

 

その最初の一発目はこちらです。

 

 

「本業2.0」

 

 


本業2.0「未来志向型の軸を見いだせ」

 

 

ほんの少し前に副業が一部で解禁されたことによって、「本業」プラス「副業」が叫ばれるようになりました。

 

けれどもこの考えはもう既に古くなっています。ボクらの生きる社会はとてつもないス

ピードで変化してきます。これはみなさん肌で感じていることだと思います。

 

既に「本業」プラス「副業」というフェーズは終了しています

 

では「本業」とはそもそも何でしょうか?

 

これまでは「主な稼ぎ口の肩書き」という側面が強かったのではないかと思われます。

 

「株式会社○○の××です」

 

これがあなたや多くの方が認識している「主な稼ぎ口の肩書き」であり「本業」ではないでしょうか?

 

これから先の時代を生きていくには、この認識では前に進んでいくことは出来ません。

 

企業の終身雇用はバブル崩壊を契機に、既に崩壊しています。大学を卒業して22歳で志望の会社に入社して、そこで定年まで過ごすという「一社専業」的な働き方は夢のまた夢です。

 

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これまで長い間、日本ではそうした生き方が当たり前であり、唯一の道とされてきました。

 

しかし、これからは違います。

 

副業や兼業は当たり前になります。働き方は多様性を持ち始めています。そして絶えず変化していきます。

 

たとえ大企業であってもこの変化を的確に読み取る力はなく、かつて大きな力を持った企業であっても、その規模を縮小したり異業種へと方向転換を余儀なくされています。これまで通り、会社の中で与えられた仕事だけをこなしていれば背活は安泰、なんて時代はとっくの昔に終わっています。そしてそのような社員を抱え続けた会社に限界が近づいています。

 


本業2.0とは、今何をしているのかの肩書ではなく、今手掛けている事を経て「どこへ向かおうとしているのか」でその人の本質・本業となるのではないかと思います。

 

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絵描きを志している人、ミュージシャンの人。これまでトップの人以外は「仕事をしながら」という前提で語られることが多く、「まずは仕事がうまくいってから」「家庭を第一に」と自分にセーブをかけてきた事でしょう。

 


また、そこでお金を生み出していなければ、それだけで生活出来ていなければ、外部から「趣味」と受け取られてしまう。

 


これまでそうした現実と理想のギャップに苦しんできた人は少なくないはずです。

 

 

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しかしこれからはそこに悩み苦しむ必要はありません。

 


自分も含めた、そうした表現者の人たちが心に抱き続けた「本業」の捉え方に時代がフィットし始めました。

 


インターネットが普及し、誰もが多くの情報を手にする事が出来るようになり、SNSでそれぞれが発信者として「媒体」になりました。

 

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前述した通り、現代は副業・兼業が当たり前になっています。「主な稼ぎ口の肩書き」だけで個人の全貌を捉え切るのは不可能です。

 


それでなくとも、現代人は様々な顔を持ち合わせて生活しています。仕事場での顔、上司に対して部下に対しての仲間内での顔。家族の中での夫婦間や親子関係、嫁姑問題から介護に至るまで。

 


色々な顔を持ち、演じ分けなければ社会の中で生きていく事は不可能。それが現代社会です。

 


そして色々な顔を持ち続ける事によって自分を見失ってしまう瞬間は往々にしてあります。

 


外面的にも内面的にも「今の稼ぎ口での肩書き」ではなく「未来志向型の指標」を掲げて自分が何者であるかを捉える「本業2.0」という考え方はこれからの時代、必須です。

 


かつて何者にもなれなかった者たちが声を上げる事が出来るようになった。夢破れた者は「敗者のレッテル」を自分に貼ってひっそりと仮の自分を演じて終わる人生を送る必要がなくなった。

 


あらゆる事業を手掛けながら、あらゆる顔を持ち合わせながら、あらゆる手段を用いて「ありたい自分を作り続ける」「向かいたい場所へ向かう」。

 


誰もがそうして社会に属していきます。

 


今、どうあるのかではなく、未来志向での「どうありたいか」。

 


そこに向かう姿勢があなたの存在を定義する。あなたが何者なのか。

 


それが本業2.0です。

 

 

 【参考文献】

労働2.0 やりたいことして、食べていく

労働2.0 やりたいことして、食べていく

 

 

 

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HORAMA-LINE.inc代表:グラフィックデザイナー城台 宏典とは

とこのページにはオフィシャルウェブサイトのトップのリンクから飛んできた。

 

もしくはイベント等でQRコードをかざして飛んできて頂いた方と思います。

 

ご来訪ありがとうございます。

 

 

はじめまして。福岡でグラフィックデザイナーとして活している

 

城台 宏典(じょうだい こうすけ)です。

 

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 このページでは私が何者であるのかという話しをさせて頂きます。イベント中はどうしても皆さんと直接お話しさせて頂く時間がとれない場合が多いので、このようにわたしの活動内容を記した場所を設けて読んでもらおうと作った場所です。

 

 わたくし城台 宏典(じょうだい こうすけ)はグラフィックデザイナーです。現在はフリーランスで活動しています。イベントポスターやDMチラシ、CDジャケットなどの広告媒体のメインビジュアルを制作する事を主な業務とさせて頂いております。

 

 

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2020年1月1日より「HORAMA-LINE.inc」というサイトを新たに立ち上げました。

 

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https://www.horama-line.com/

 

 

メイン事業をグラフィックデザイナーとしながら、下記の事業や能力を持っています。

 

コンポーザー(楽曲制作)

フォトコラージュアーティスト(写真の合成)

ライブペインター(クラブ・商業施設・舞台上でお客さんの目の前でアートを仕上げていく)

文筆家(ブログでの長文や作詩での文章表現)

マーケティング・経営戦略を作家活動に転用する

YouTube毎日動画配信

・UberEatsドライバー(福岡)

 

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