変わり続ける事で得られる「変わらぬ信頼」
数ヶ月前にアップしたYoutube動画です。テーマとして凄く面白いのですが、このブログをアップするまで再生数が「1」だったので面白いかどうかの議論以前の問題なのでこうして記事化と動画のリニューアルを行います。
こちらが新しく撮り直して内容を充実させたものになります。こうした大切な内容をYoutubeとブログで同時に発信していき、より深く伝わるコンテンツにしていきます。
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変わらないおいしさ
そんな言葉があります。
これは老舗の飲食店などで耳にする言葉です。
おいしいお店は日々試行錯誤を繰り返しています。
試行錯誤を繰り返すという事は、常に変化しているという事です。
昔から全く変わらない製法で、全く変わらない味を出し続けるのは不可能です。常に変化する世界の中で生き残っていくには、共に変化を繰り返す必要があります。
昔から変わらない味を提供し続けるのは不可能です。飲食店で例えても、たとえそのお店が同じ味を出し続けるために同じ材料を使いたいとします。
しかし、その材料がどうしても手に入らない状況になったり、製造が出来なくなってしまう可能性は往々にしてあります。
昔から全く同じ味を出し続けるのは、外的要因との兼ね合いで、どうしてもコントロール出来なくなってきます。
「おいしい」と思い続けてもらうために、リピーターになってもらうために、絶えず変化を続けていく。
食品ではよくあります。
「おいしくなってリニューアル」
「さらにおいしくなりました」
「果汁感アップ!」
ベストセラーとして長年親しまれているものは往々にして、味もパッケージも繰り返し繰り返し変化させ続けています。
変わり続ける事で、唯一変わらない「おいしさ」を提供出来るわけです。
これは全ての仕事に当てはまります。
社会は刻一刻と変化していきます。その中でひたすら同じ事をやり続けていくのは非常に困難です。職人として熟練された技能を構築して次の世代にバトンを渡す。
世の中が変化していくたびに、私たちの生活は便利になり、これまでルーティンで行ってきた家事や単純作業はことごとく機械化されていきます。
これまでは真面目に正確に職務を遂行する人が重宝されてきました。
それまでの社会では、機械に出来る事に限界があったからです。機械は与えられた役割を半永久的にこなす力があります。これは人間には不可能な事です。生き物には疲労があり、どんなに正確な仕事を売りにしている人でも、疲労すれば集中力がなくなってしまいます。
「決められた事をひたすらやる」
これは勤勉さから来る作業への一点集中という一つの作用に過ぎません。
しかし「決められた事をひたすらやる」という行為がイコール「勤勉さ」とはなりません。
一つのことにコツコツ取り組む姿勢は「真面目」と捉えられるでしょう。しかし真面目であることが果たして、大きく社会を変革させるイノベーションを起こせるでしょうか。
答えはノーです。
スマートフォンの爆発的な普及で、人々はパソコン以上のスペックの機器をポケットに入れて持ち歩くようになりました。SNSでは日常の気づきや想いを発信できるようになり、常に世界とつながり、新しい情報に即座にアクセス出来るようになっています。
常に新しい情報を受け取って、すぐにアウトプットしていかなければ世界の流れについていけない。
情報はテレビ・新聞・ラジオという一部のメディアが発信する時代では、受け取る情報が少なかったので、目の前のコミュニティに属する事が生きる上で必須のスキルでした。
以前のそうした人間関係や生活環境の中においては真面目で勤勉な性格や仕事は重宝されてきました。
コミュニティの輪を乱さず、決められた事を正確にコツコツとやり続ける。この作業は「現状維持」という価値しか生み出しません。しかもこれは機械が24時間365日フルで生産性を落とす事なくやり遂げてくれます。
与えられた仕事をコツコツやり続ける事と、自分で見つけた道をコツコツ進んでいくのとでは、大きく意味が異なります。
前者は受け身で仕事に取り組み、他人の評価軸で全てが決定されます。後者は自分と他者の両方の評価軸の中で仕事をしていきます。そして全ての責任が自分にのしかかります。この意識の差はとても大きいです。
長い年月を経た後で、この差は決定的な大きさになります。
そして酷な事ですが、その長い年月というのは既に来てしまっています。
昨今のコロナショックにより、リモートワークなどの自宅勤務に切り替えて対応する企業が多くなっています。
そんな中で問われ始めているのは、勤務時間ではなく「明確な成果」が出せているかどうかです。
日本では長く、長時間労働が会社への忠誠心を示す、または当然であるかのような美徳とされてきました。その中で一部の企業が従業員を使い潰すいわゆるブラックな労働環境に置く問題も発生してきました。
特に飲食業界のチェーン店化と営業時間の長時間化が原因でした。毎日の営業を身を粉にしながらこなしていく。人間的なまともな判断が出来るメンタルを保つこともできない状態でひたすら働き続ける。
現状維持に必死になる中で、業績を上げるようなアイデアや行動ができるでしょうか。
これまでは非効率でも人がやらなければならない仕事は山ほどありました。しかしこれからは違います。そうした単純作業は機械が代替えする時代が来ました。
今はどこも設備投資やマインドブロックが強くて足踏みしている人や企業ばかりでしょう。
その中でいち早く抜きんでた人から先に自由を手にしていきます。
毎日のルーティンになっている仕事はこなさなければならないでしょう。家事などはそうです。料理をしたり洗濯をしたり掃除をしたり。
しかしこれらは他の目的のために行ってきたものです。
料理をするのはしっかり栄養を摂るためであり、洗濯と掃除は清潔な身なりや住空間を維持するために行っていました。洗濯物を干してたたむなんて行為は、洗濯乾燥機が誕生した今では、今後急速に日常のルーティンからなくなっていくでしょう。
何を目的に生きていくのか、そこに辿り着くために人生を逆算して日々を生きていく。何をやるべきかが見えてくると同時に、何をしてはいけないかが見えてきます。
前回のブログ記事「本業2.0」に行き着きます。
全ての家事は無価値になるのか。
そうはなりません。
最近では家事代行サービスが見直され、重宝され始める傾向にあります。これまでの家族制度では父が仕事で稼ぎ、母が家を守る。そんな体系でした。それがほとんどの家庭で共働きになり、女性が働き、主夫という存在が現れます。そうした変化・逆転現象が起こる中で、明確な役割分担と強制は薄れていきます。
家事は生活のうえで必要な仕事でしたが、それ自体がお金を生んでいないという欠点がありました。そのため、家族の収入のために主婦は家事をしながらパートに出かけ、重労働にあえぎ消耗していきました。
そうした中で家事代行サービスのニーズが高まってきました。出来ない人は無理にやる必要はない。そして出来る人はその長所を生かして家事代行サービスの中で対価を得られるようになりました。
手を出さない事は無価値になるのではなく、誰かの仕事を作る事になります。
「出来ない事はやらない、出来る事は全部やる」
これからの時代に絶対的に必要なスキルです。
自分は何者になるべきかを見据えて、自分の時間をいかに使っていくのか。まずは「何をやらないべきか」これを明確にする事が、これからの人生をよりよいものにする一歩・一助になると思います。
では。
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